ロマン主義(ロマンチシズム)

主として18世紀末から19世紀前半にヨーロッパで、その後にヨーロッパの影響を受けた諸地域で起こった精神運動の一つである。それまでの理性偏重、合理主義などに対し感受性や主観に重きをおいた一連の運動であり、古典主義と対をなす。恋愛賛美、民族意識の高揚、中世への憧憬といった特徴をもち、近代国民国家形成を促進した。その動きは文芸・美術・音楽・演劇など様々な芸術分野に及んだ。のちに、その反動として写実主義・自然主義などをもたらした。

ロマン主義は教条主義、古典主義の対概念としてとらえられるもの。

また、ロマン主義は部分的には産業革命への反動であった。

教条主義によって抑圧されてきた個人の根本的独自性を根本とした表現が特徴とされる。

ロマン主義の底流に流れているものは、古典主義や教条主義がしばしば無視した個人の根本的独自性の重視、自我の欲求による実存的不安といった特性である。

ロマン主義においては、それまで古典主義において軽視されてきたエキゾチスム・オリエンタリズム・神秘主義・夢などといった題材が好まれた。またそれまで教条主義によって抑圧されてきた個人の感情、憂鬱・不安・動揺・苦悩・個人的な愛情などを大きく扱った。

また、古典主義はその技法上の制約によって芸術的自由を抑圧したと非難する主張から、及び古典主義の欠陥に対する反発からロマン主義の一部は出発したとされる。

「日本人は進んで未来を捨ててきた」押井守

資本主義は、物をつくってお金に換えるプロセス自体が「面白かった」から成立したのだと思います。丹精込めて育てたナスが、手編みのザルと交換できただけじゃ駄目。野菜をお金に交換できたことでより高い満足感や達成感が得られて、人生がより拡張されるんです。これが資本主義が天下をとった最大の理由。僕はそう思っている。

金銭は抽象的でしょう。野菜のようなリアリズムじゃなくて、そこに抽象が入ってくるんです。だから人間により多くの選択肢をもたらすんです。

言い換えると本来の資本主義は、人生の選択肢を増やす方向で始まっているはず。それなのに今は、逆に選択肢を減らす方向をみんな目指している。

効率良く人生を生きるには学歴をつけて、いい会社に入って、お金を稼がなきゃって考えて、結果的にどんどん自分の選択肢を減らしているんです。もしかしたら学歴とか会社と全然関係がないところに、自分の人生を充実させる可能性があったのかもしれないのにね。

そして個人であれ企業であれ、失敗は最大のロスだと思っている。失敗したら回復不可能なダメージを負うと、思い込んで恐れている。だから企業は新しいことに挑戦しないし、若者も恋愛しない。でももしかしたらそのリスクを負うことで、新しい選択肢が爆発的に増えるかもしれないじゃん? 要するに、自分で自分の選択肢を減らしてきたんですよ。

かつては「ものになるか分からないけれど、面白いからやってみようぜ」っていう企業が結構ありましたよね。創業者世代じゃなくなったからかな。大体どの分野でも創業者は面白いことをするんだけれど、トップが2代目、3代目になるとどんどん駄目になってくる。だから創業者が自分にとって一番面白いことを好き放題やらかして、さっさとアガリを決め込んじゃうのがいいんじゃない。

つまるところ、「自分でジャンルをつくる」しかないんですよ。僕らの表現の世界なんて一番分かりやすい。誰もやっていないことやれば、放っておいてもナンバーワンになる。それが一番面白いことをやる方法でもあるんです。

そして作っている過程が面白ければ、結果としてもだいたい面白い作品になるでしょう。『地獄の黙示録』みたいな、作っている過程が面白過ぎて、映画としてはまとまりようがなかった作品もありますがね。