理屈では人間は動かない
人間を根底から動かすものは、むずかしい理論や理屈ではなくて、全身(いのち)の感動であり、腹の底からの納得であると思います。理論や理屈では、人間は本気では動きません。その証拠に《理動》ということばは辞書にありません。反抗期や登校拒否の子供が大人を手こずらせるのは、そのよき例でしょう。
理論や理屈は、頭の一部で作るものですから頭のいい人には叶いません。感動はいのちの全部ですから、頭のいいわるい、学歴の有る無しには関係ありません。勿論、いかなるイデオロギーにも関係ありません。そして、感動には金一銭もかかりません。
感動は他から強制されるものでも、命令されるものでもありません。あくまでも自分自身、つまり、いのちそのものから出て来るものです。だから感動にはうそがありません。
戸籍上の年齢には関係なく、毎日何かに感動し、心のときめくこと、それを、私は青春と呼んでおります。
いのちあるかぎりは、いま、ここ、を、自分のいのちの正念場として、『一生感動、一生青春』の自分の旗をかかげて、いきいきはつらつ、いのちいっぱいに生きてゆきたい、と希っております。